ICI建築講演会「千葉学 建築を語る」が開催されました

2026.02.19

2026年2月16日にICI総合センターにて、ICI建築講演会を行いました。ICI建築講演会は、広く社会的な活動を続けてこられた著名な建築家をお招きして、前田建設の主催で年2回開催する講演会です。プロデューサーの安東孝一氏による講師へのインタビューを通じて、これからの社会における建築のありかたとデザインの問題をトータルに考えます。

第5回目を迎えた今回は建築家の千葉学氏をお迎えし、建築について語っていただきました。予定の90分では収まりきらず、105分のご講演と15分の質疑応答が行われ、400名を超える方にご参加いただきました。

講演会 
(千葉先生)今日の講演会のタイトルは「人の集まり方をデザインする」です。私はどんな場所にどのように人が集まるのかということに日常的に興味を持っており、自分の建築の大きなテーマとなっています。


書籍:千葉学/『人の集まり方をデザインする』/王国社/2015:http://chibamanabu.co.jp/publications/255/

【建築家になる前の話】
学生時代は歴史を再評価するポストモダニズムの時代。大学院では香山壽夫先生の元で学び、そこで決行されたアメリカ縦断旅行では、ポストモダニズムの代表的な建築のポートランド市役所なども見ましたが、私自身はポストモダニズムの動きには共感できませんでした。表層だけの問題になっていること、また地域性とは無関係に歴史が記号化されていたことに疑問を持ちました。

逆に、「ソルトボックス」や「ローハウス」など、古い建物群が残っていること、それらが美しい街並みを形成していることに驚き、魅了されました。それらは建築家が作ったのではなく土着的なもので、それぞれの町に応じて固有の展開をしている点にも感銘を受けました。

▲サンフランシスコ ローハウス 撮影:千葉学

一方東京世田谷生まれの私にとって「道(みち)」や「空き地」は原風景の一つです。当時そこで遊ぶのは日常で、「道」や「空き地」は寛容な場だったと思います。しかし現在の都市部にはそのような空間が少なくなっていると感じています。

こうした経験から、建築の表層を重視するのではなく、時代を超えた普遍的な建築、「人の集まる場」を「道」や「空き地」のような空間を介して作ろうと考えるようになりました。

【工学院大学 総合研究棟】

http://chibamanabu.co.jp/projects/23/

大学という場に生まれるコミュニティは、活動に応じた多様な人の集まり方が魅力的です。それを存分に体感できる校舎を目指しました。そのため、建物をL型にし、背中合わせに配置することで、教室同士が向かい合い、日常的に生起する大学での多彩な活動を感じ取れるよう設計しています。

また、工学院大学は、日本で初めて建築学部を作るので、設計する校舎がそこで学ぶ学生の教材となるよう、材料や窓の形式など、デザイン上の判断を合理的に行うようにしました。

外観の特徴である有孔折板は、美術家の野老朝雄氏と製作しました。有孔折板自体はありふれた材料ですが、そのディテールと開口形式を少し変えるだけで、これまでどこにもなかったような繊細な表情と、建物と広場との豊かな関係性を生み出しています。

【片瀬山の家】

http://chibamanabu.co.jp/projects/157/

家族4人の住宅で、幸せな家族関係のかたちを模索しました。受験生や自我が芽生える年頃の子どもがいるご家族でしたので個室も必要でしたが、それが孤立を導いてもいけない。なので、部屋同士のつながりも持たせたいと考えました。そこで、1階をリビングとし、2階の個室には窓を設け、必要に応じて部屋同士をつなぐことも閉じることもできる構成としています。

【UNITE KICHIJOJI】

http://chibamanabu.co.jp/projects/1410/

アーキネットのコーポラティブハウスで、敷地と建物の構成を決めてから、組合員を募集する方法で進めたプロジェクトです。共に暮らす人とつかず離れずの関係性を目指しました。
1階は、各住戸内の玄関先のような場所として、大きな軒下空間としています。顔を合わせたり、私物が溢れ出ることも許容する空間です。インフィルは他の建築家にも依頼し、外観も緩やかなルールを設定するのみとし、各住戸はそれぞれユニークなデザインとなっています。全てを設計しつくさないことで、一人ひとりの多様な暮らしが実現できたと思います。

【TAKANAWA SITE】

http://chibamanabu.co.jp/projects/1212/


都心部の木造住宅が密集しているエリアに位置する賃貸の集合住宅です。将来的な大規模再開発の可能性も考慮し、今回の計画は事業主から(解体しやすい)木造の要望がありました。敷地は大きな幹線道路から奥まった場所に位置し、周囲には路地空間が入り組んでいます。1階部分は誰もが立ち寄れるよう、かつての「道」や「空き地」のような寛容なコモンズをつくりました。

地元の方に1期計画の評判が大変良く、すぐに2期、3期計画と進み、現在4期計画が工事中です。3期計画では、3階部分のボリュームを抑えて周辺の街区の日射条件に配慮し、4期計画は2階部分にテラスを大きく設け、立体的な道空間を設計しました。上下階の騒音などに対する緩衝帯の機能も担っています。


【釜石市大町復興公営住宅】

http://chibamanabu.co.jp/projects/28/
http://chibamanabu.co.jp/projects/838/
http://chibamanabu.co.jp/projects/839/
http://chibamanabu.co.jp/projects/840/

震災以降、釜石市は提案型買い取り方式を採用しており、私たちはハウスメーカーと組んで大町復興公営住宅を提案しました。この設計ではコストやスケジュールを守ることが必須でしたから、採用できる構造は単純な鉄骨ラーメン構造、使える材料は汎用品でした。それでもこの地域の人々が求める住宅は作れると考え、配置計画に最もエネルギーを注ぎました。大町復興公営住宅ではシンプルな建物の外周部に縁側のような「道」空間を設け、お隣とすぐにつながりたい人もプライバシーを守りたい人も一緒に過ごせる住宅を考えました。

釜石市内の復興公営住宅は大町だけでなく、天神町と只越でも提案を行い、天神町では「道」を、好みに応じて選べるようにフロアごとに北側、南側と、互い違いに配置しました。

時を同じくして、釜石市では町の将来の色を考えることになり、私たちは「はまゆり」という釜石市の花の色をモチーフにする提案をしました。「はまゆり」は、三陸の岸壁に力強く咲くゆりの花で、復興のシンボルとしてふさわしいと考えたからです。今後計画が進む復興住宅にも採用できるよう、「はまゆり」から拾い上げた色を何色か選び、そこから自由に選べるようにしたのです。今回の建物でも、はまゆりの色を何色も使っています。

【府中市役所】(工事中)

https://www.city.fuchu.tokyo.jp/gyosei/shincyosha/keii_torikumi/kihon_jissisekkei/jisshisekkei_minaoshi.html

この計画では、役所を用事があるときだけ行くところにするのではなく、用事がなくても行ってみたい場所にしたいと考えました。そこでまず、既存の役所のプログラムを詳細に分析しました。すると休みの日にも公開できる用途が結構多い。そこで建物を「おもや(=いわゆる役所業務)」と「はなれ(=休日にも公開)」に分けて配置し、その間を「通り庭」にする計画としました。「通り庭」は日常的に開かれ、通勤通学の人など一般の人が自由に通れる「道」空間です。


外装には工学院大学で使った有孔折板を、デザインや納まりを変えて採用し、「おもや」と「はなれ」の間の「通り庭」を柔らかく包み込むデザインとしています。

【京都瓢斗(きょうとひょうと)】

http://chibamanabu.co.jp/projects/1858/

豚しゃぶレストランのインテリアの設計です。建築の設計と同様、レストランに行くことの楽しさは何かをゼロから考えたのですが、自分と一緒に食事をする友人や料理の味だけが楽しさの源ではなく、周りで食事を楽しむ人たちを感じることも同じくらい大切だと考えるに至りました。
同時に今回は、レストランという、私の事務所ではあまり手掛けてこなかった仕事ということもあり、その固有性にも思考を巡らせました。それはメンテナンスです。とかく汚れたり傷みやすいのに、そのために営業を止めることもできない、それをデザインで解決したいと考えました。

大きく2つの素材を採用しています。一つはアルミハニカムで、本来は家具などの構造材ですが、私はその視線の抜け具合が見る角度で大きく変わることに大変興味を持っていました。もう一つは銀紙です。それを働き幅内で見切り、3種類をランダムに貼っています。汚れたらその時手に入る銀紙でそこだけ張替えれば良い。もともとムラのある空間ですから、部分の揺らぎはむしろ好ましいのです。このムラと、ハニカムが生み出す多様な奥行きによって、自分だけの時間と、多くの人と共有する時間が楽しめる、森の中のような雰囲気になっています。

▲アルミハニカム(拡大)

▲アルミハニカムと銀色の紙

【敦賀駅前交流施設オルパーク】


福井県の敦賀駅前に建つ交流施設です。たくさんの案を検討し、市民説明会も開いて設計を進めていましたが、地元の方からの強い要望で、明治42年頃にあった通称「2代目駅舎」のイメージで駅舎を作って欲しいということが分かりました。とは言え、資料も乏しい。そこで「2代目駅舎」を無理に復元するのではなく、イメージとして将来に残せないかと考え、かつての駅舎が「残像」のように感じられる設計にしました。

駅舎は、ただ交通結節点として乗り換えに使うのではなく、たくさんの人たちに、自由な使い方をしてほしいと思っていました。現在では、地元の伝統的なお祭りの山車を収めたり、高校生が学校帰りに勉強したり、役所の方が会議で使ったりと、多用途に使われています。

幸運にも駅舎に続き、駅前広場も私たちが設計することになったため、駅前広場のあり方をゼロから考え直しました。情報の整理を的確に行うこと、風雪から人々を守ることが何よりも大事ですが、同時にそこが寒く暗い冬でも快適に過ごせ、また季節の良い時期にも地域の自然を感じられるよう、木漏れ日溢れるキャノピーとしました。同時に駅前に必要なサインやベンチ、バス停など、複数の役割を構造の壁柱で統合しています。

【福島県立安積中学校】


歴史博物館に隣接する学校で、その博物館と直接繋ぐことはできないが、関係をよく考えるよう求められた計画です。そこで私たちは、歴史を単に眺める対象にするのではなく、もっと身体的に感じられる関係を築きたいと考え、博物館の外壁から大屋根の輪郭を転写した「鋳型」を学校に持ち込み、その鋳型を軸に学校の多様な場を作ることを考えました。

▲左が歴史博物館、右が学校

▲学校内に大屋根を転写して生まれた空き地

コンペ時はこの鋳型をCLTで作る予定でしたが、途中でコンクリート造に変更しました。それは、形は一緒だがテクスチャーは異なるものにすることで、より一層対象に対する想像を掻き立てられるのではないかと考えたからです。結果的にこの大屋根を転写した部分は、学校の中に生まれた土手や空き地のような場になったと思います。計画的には決して導けない、使い方をそれぞれが発見していかなくてはならない場所です。

【最近の思い】
「用・強・美」と「記号設地」
ローマ時代の建築家ウィトルウィウスは建築に必要なのは、「用・強・美」と言っていますが、最後の“美”は、実は“悦び”だったのではないかという研究があると言います。「美」は対象に対する客観的な評価ですが、「悦び」は相手や場との関係性の中に生まれるものです。僕が人の集まり方に想いを強く抱いていた理由の一つは、ここにあると思います。

もう一つは、慶應義塾大学の言語心理学の今井むつみ先生の本に書かれている「記号接地」という概念です。これは身体的な経験がないと、言葉の真の意味は理解できないということです。今井先生は「AIは人を超えることができない。なぜならAIには身体が無いからだ」とおっしゃっていますが、私もその通りだと思います。建築は記号的なものではなく身体的なもので、そこに生起する人と人の関係も同様です。それが「悦び」にも通じるのです。記号が大地に接すること、それを司る人間の身体性に、まだまだ大きな可能性があると感じています。そのあたりの考えを『地球を相手にした道具』にまとめました。よかったらご覧ください。

千葉学/『地球を相手にした道具』/王国社/2025/http://chibamanabu.co.jp/publications/1706/

事務局より
講演をきいて、千葉先生が講演会の冒頭でおっしゃっていた「人の集まり方に興味がある」という言葉の意味がよく理解できました。どのプロジェクトにおいても、建物や部屋の用途に合わせて設計するのではなく、「人がそこにどう集まりたいのか」を徹底的に考えて設計されていることが強く感じられました。

改めて千葉先生、ご講演いただきありがとうございました。

第5回ICI建築講演会も多くの方にご参加いただき、盛況のうちに終了することができました。ご参加いただきました皆様、改めてありがとうございました。ご興味のある方は、今後も同様の講演会を継続して開催してまいりますので、ぜひお申込みください。